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日本住血吸虫病の症状

まずセルカリアが侵入した皮膚部位に皮膚炎が起る。次いで急性症状として、感冒様の症状があらわれ、肝脾腫を認める場合もある。慢性期には虫が腸壁に産卵することから、発熱に加え腹痛、下痢といった消化器症状があらわれる。好酸球増多も認められる。虫卵は血流に乗って様々な部位に運ばれ周囲に肉芽腫を形成するが、特に肝臓と脳における炎症が問題になり、肝硬変が顕著な例では、身動きができないほどの腹水がたまる症状が出て、死に至る。

このように日本住血吸虫が重篤な症状を引き起こすのは、成体が腸の細血管で産卵した卵の一部が血流に乗って流出し、肝臓や脳の血管を塞栓することによるところが大きい。

右の顕微鏡写真は、病理解剖でみつかった結腸と肝臓の住血吸虫卵の痕跡。かつての流行地での生活履歴を物語る所見である。戦時中に中国南方、東南アジア、フィリピンなどに従軍した折の感染であることも多い。

日本における過去の有病地
日本では、古くから山梨県国中地域、福岡県、佐賀県の筑後川流域、広島県深安郡片山地区の風土病として知られていた。山梨県ではこれを「地方病」と呼び、古くは「流行地には娘を嫁に出すな。」という地域差別にまで発展したことを伺わせる話も伝わる。同県では、日本住血吸虫対策を行ったことで、肝硬変による死亡率が約2/3にまで激減するほど人々の生命を脅かす存在だった [1]。

日本における日本住血吸虫対策と撲滅
日本住血吸虫には特効薬プラジカンテルがあるが、感染を繰り返す度に肝障害が蓄積するため、感染に対する治療だけを行っていても根本的な解決には至らない。そこで「水田、用水路には素足で入らないこと」等の感染予防指導を行い、同時に日本住血吸虫の生活環自体を破壊することを考えた。
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日本住血吸虫の中間宿主であるミヤイリガイは、水田の側溝などに生息し、特に水際の泥の上にいる。そこで、素堀で作られていた水田の側溝をコンクリートのU字溝化すること、殺貝剤を使用することにより、ミヤイリガイが生息できない環境を造ることが行なわれた。日本では第二次世界大戦後に圃場整備が進んだことから、ミヤイリガイも日本住血吸虫病も瞬く間に減少し、1978年以降新規患者の報告はなくなった。

1996年2月、最大の感染地帯であった山梨県は日本住血吸虫病流行の終息を宣言した。115年にわたる地方病対策の成果であった。

また、西日本における主要な感染地帯であった筑後川流域では、筑後大堰の建設を機に河川を管理する建設省(現・国土交通省)、堰を管理する水資源開発公団(現・水資源機構)、流域自治体の三者が共同して1980年より湿地帯の埋立て等の河川整備を堰建設と同時に行い、徹底的なミヤイリガイ駆除を図った。この結果1990年には筑後川でも福岡県が安全宣言を発表し、その後10年の追跡調査を経て新規患者が発生していないことを確認し、2000年に終息宣言を発表した。ちなみに、ミヤイリガイの最終発見地となった久留米市には「宮入貝供養碑」が建立され、人為的に絶滅に至らしめられたミヤイリガイの霊を弔っている
中華人民共和国やフィリピンをはじめとする東南アジアではいまだに感染地域が残り、プラジカンテルに対する耐性の出現も報告されている。またアフリカ等ではマンソン住血吸虫、ビルハルツ住血吸虫、東南アジアではメコン住血吸虫の感染も問題になっている。ワクチン等の予防手段はないので、感染地では淡水の生水を皮膚に接触させないことが重要である。

日本は日本住血吸虫を撲滅した唯一の国であり、日本の経験と資金に基づく援助が期待されている。

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2009年04月18日 12:06に投稿されたエントリーのページです。

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