日本に初めてジャズが伝わったのは1900年頃とされている。上陸地はさだかではなく神戸港、横浜港、大阪港など諸説存在する。
1923年(大正12年)4月に日本で初めてのプロのジャズバンドが神戸で旗揚げした。宝塚少女歌劇団オーケストラ出身の井田一郎をリーダーとするラッフィング・スター・ジャズバンド(ラッフィング・スターズ)である。その後1925年(大正14年)に井田は大阪でチェリーランド・ダンス・オーケストラを結成し活動するが、大正天皇崩御を理由に大阪市がダンスホールの営業を1年間停止したため、大阪を拠点としていた井田や南里文雄ら多くのプロのジャズマンは東京に拠点を移していった。戦前に発売された国産ジャズレコードの中には著しくレベルの低いものも多数見受けられるが、それでも着実にファンを増やしていった。歌手としては二村定一、淡谷のり子、バートン・クレーン、ディック・ミネ、川畑文子、中野忠晴、ベティ・稲田らが、ボーカルグループではコロムビア・ナカノ・リズムボーイズやアメリカのボードヴィルの影響を受けたあきれたボーイズがそれぞれ人気を集め、作曲家としては服部良一がジャズの要素を用いた数多くの名曲を生んだ。太平洋戦争中は禁令 や自主規制などでジャズは鳴りを潜めたが、学生や軍人の中でも密かにレコードを聴いて楽しむ者も多かった。特攻隊員の川柳に「アメリカと戦ふ奴がジャズを聞き」「ジャズ恋し早く平和が来ればよい」などと遺されていることからも分かる。戦後多くの元陸海軍軍楽隊員がジャズ畑へ転向した。
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戦後は、服部良一が作曲したブギウギを笠置シヅ子に歌わせたことから始まる。つづいて、江利チエミ、ジョージ川口、ティーブ釜萢(ムッシュかまやつの父)、ナンシー・梅木、世良譲、阿川泰子などのすぐれた歌手、演奏家などが出、ジャズが大衆化した。